2020年3月4日の日記

午後6時30分ごろ、スーパーマーケットへ買い物に出掛けました。
その途中マクドナルドの前を通りかかり、大きな窓から中を見ました。
明るい店内にお客は合計3名。
さみしいな。例の影響かな、と思いました。
普段ならこの時間はもっと賑わっている印象です。

一旦話しは変わりますけど、人はみんな想像力を持っていますよね。
その力でいろいろなことをイメージしながら生きていますよね。
そしていろいろ省略して簡素に言うと、世界はイメージでできていますよね。
その芯か下地か、何と表現したら正解かわかりませんけど、人がイメージするために不動の参考とする(はずの)ものとして、事実とか現実がありますよね。

私は今日イメージしました。
多分、あのマクドナルド〇〇店が新型コロナウィルスの温床になることはほぼないだろう。
でもときどき、現実が想像を踏み倒してやってくることがある。
誰でも同じようにイメージします。
だから多くの人が外出を控えています。
そして私は実際にがらがらになった店内を見ています。
この店内に新型コロナがいるのかどうかは、目に見えないので当然わかりません。
きっと永久にわかりません。

世の中では、事実を下地にして、それに対して人々が想像して、またそれに沿った現実が作られています。
新型コロナがどこかにいるという事実を下地にして、ここにも新型コロナがいるかもしれないというイメージを持ち、例えここに新型コロナがいなくても、まるでいるかのような現実を作ります。
がらがらです。

何が言いたいのかと言うと、想像力というものの力は良くも悪くもすごい力だ、どうしよう!ということです(そうですか)。
がらがらです。

ところで、もし人間にこれほどまでの想像力がなかったら、この世にマクドナルドはありません。
これほどまでの想像力がなかったら、そもそもバンズにハンバーグを挟むこともまずしなかったと思われるからです。
ううん、そもそも小麦粉も肉もこねなかったと思う。

人が小麦粉をこね始めてから時が流れてこの頃、マクドナルドの地方支店で客足が遠のく時代になりました。
事実と想像と現実を重ねることを繰り返して来た最先端です。
私達ってきっと本当に「思えば遠くに来たもんだ」と言える存在なのです、どうしよう!

この日記をお読みになって「こいつは何をわけのわからないことを言っているんだ」と思われた方はきっと大丈夫です。
今日もお疲れさまでした。
どうぞお体にお気をつけてお過ごし下さい。