
キャベツ1/4個をコールスローにしようと刻んだところ、ボウル二つ分のコールスローが出来上がった。
予定の分量の倍以上だった。
ちょっと大き目のキャベツだなとは思っていたけれども、刻んでみるとちょっとどころではなかった。
大きい上に巻きも整っていて、歯ごたえもよく、おいしいキャベツだった。
キャベツは、自身が優れたキャベツであることを自覚していた。
噛み締めると、キャベツは「もう少し塩が多く加えられていればわたしの一生は完璧だった」と言った。
その翌朝も、その夜も、私は作り置きのコールスローを食べ続けたが一度も塩を加えなかった。
加えなかった理由は、怠惰だった。
キャベツは私を恨んでいるかもしれない。
そう言えば先々週購入したキャベツは「記憶に残る悲しいキャベツTOP3」に入ると感じるほどおいしくないキャベツだった。
キャベツは、自身が美味しくないキャベツであることをやはり自覚していた。
噛み締めると、キャベツは「わたしは美味しくない」と言った。
元気を出して欲しくて、情熱の焼き餃子にしてみた。
おいしくなかった。
キャベツの一生に関わった人間として多少悔しかった。